業界シリーズ『日はまた昇る』

上六の巻=昭和22年8月=
〇ここは元の大軌、現今は近畿日本鉄道,即ち「近鉄ビル」の5階が上六木材街である。大阪地木社ご全盛の頃は4階5階を占用して数百名のシャイン群雄割拠し、森平さんや井上さんのカラダからゴコウがさしていたものだ。
〇終戦ラッパが鳴って、忠勇義烈の軍人が火事場泥棒に早変わりをした当時、会社にモンモンの情を押さえていたスバシコイ連中は一大飛躍をして百万の富を作り、朝夕嫌と言う程重役さんの有難さを見てきたシャイン連が、われもわれもとと社長になり重役となったために、大阪木材界は今や社長と重役さんのはんらんである。
〇分けてもこの上六ビルには24の組合や商社があって、どちらを向いても社長に非ずんば重役か理事さんである。これも官僚政治の副産物であろう。
〇その重役さんや理事さん方がありし日の悪夢や甘夢を胸に秘めて世の移り変わりに己が運命を弄ばれながら、とも角も8百円の酒を呑み、250円の米を食って賑やかにその日その日を送っている現状は、木材界の奇形的の盛観と言いたい。
◇まず大阪府地方木材株式会社の清算事務所と大阪木材株式会社がある。1500万円から19万5千円の重役に下落した森、井上、白石、橋本、木下の諸侯が有為転変の世の中を苦行僧の様にじっと見つめながら、夢じゃ夢じゃと諦めの鉦をたたいている。
◇その隣は大阪府木材林産組合で2600余名の組員を有し、組長は母が懐妊中に棚から牡丹餅が落ちる夢を見て生まれたという式村儀市氏で、常務理事は奈良むさし野の息子さん。
◇大木、地木、林組、商事、緊急材、林業会の会計を一手に扱っているのは曙燈のかげのお化け入道みたいな改田信清氏、清水秋木時代から43年間の間一銭の収支も間違えたことのないという男で、母親が金庫の番人と大酒を飲んだ夢を見た翌朝オギャーと生まれたと本人話。
◇大阪木材商事株式会社は年中散髪したようなキチンとした高浜幸雄氏が社長で新佐北さんが専務、長堀に本社と木場がある。
◇大阪木材産業株式会社には変なおっさんと女の子がいる。乾専太郎氏が社長で外の重役さんの名前知らんという。
◇阪南町の共栄木材工業会社(社長堀田彦次郎氏)の営業所もここにある。
◇互興木材株式会社は湯浅の妹尾豊氏北洋材の鎌田金之助氏や筒井貞治郎氏、中塚敏郎氏らの共同である。
◇関西国有林材作業組合は官行材の元祖楠正治氏が理事長で津田良太郎、河野樵太郎両氏が副理事長、常務理事は塩木半助、糸井省吾、会計理事が小泉茂三郎の面々で、この組合には一騎当千の商傑や腕たちが雲の如く集まっている。
◇通路左側の一室には大阪府林業会と緊急木材納入組合大阪支部の看板かかる。会長は式村儀市氏で仕事は楢原松之助氏がやっている。役人上がりで楢原氏ほど役人のクサミのすっぱり抜けている人も珍しい。
◇その隣は大阪木材商業株式会社と新和商行、社長は名も橘の新三郎さんとて金も名誉もニャンにもいらん、夏はビールにハモの洗い、冬はてっちりで一杯飲んで歌沢を歌えば他に欲はないという人。類を以って集まった商売の神様は斧庄、長谷信、平見のめんめん。
◇奥の大広間、ここは特定用材街というそうな。しきりも衝立もいなく境がはっきりしないけれども何れも1億9500万厘の大会社が軒を並べた形。社長と重役さんがうじゃうじゃしている。
◇大進木材株式会社は岡本佐一氏が社長で専務は岩崎盛治さん、一は酒、一は女の豪のもの。どもりの社長の十八番は、頃は1936年…木材界の快男子。
◇大阪連合軍用材取扱組合と大聯木材株式会社は特定用材街の村長さん中久保昇二郎が社長で専務は上津剛雄、島久幸両氏が二役ずつ務めている。
◇株式会社大木商行も中久保さんで専務は東喜代一氏、社員はダンス、専務は酒。
◇大阪床板有限会社と太洋木材工業株式会社は當舎一雄、西昌夫、栗田英三、佐々木廣作の四天王で固めている。
◇大阪桐材組合にはイヤな派違いの若い男がいる。組長は元横堀にいた星野の息子。
◇山王木材株式会社は太田欽一、岡田勝利の二氏にモ一人オの付く人と三人なりしため三オを山王ともじったが今は二オとなり、仁王も変とそのまま名乗る山王木材。オーさん二人とも堅実な人、本社は小林町電停前。
◇近畿木材株式会社は電柱杭丸太、社長は富井進一氏、専務は竹中新三郎氏、常務指尾春一氏で平和な会社。
◇大阪包装木材株式会社は中川豊さんが社長で安部仁さんが専務、ユタカさんは30年ほど前から社長さんの様なおつむをしている。
◇大阪府仕組板林産組合は小山藤一郎氏と中川豊氏で共に毛は薄いがアレは濃い。
◇一番奥のその奥のまだその奥のつきあたりは大阪造船木材株式会社で、来客はいつも満員の賑やかな店。社長は桂家傳兵衛こと楢崎伝蔵氏、常務は熊惣、中瀬祐雄(浪花節)細田豊昭(安来節)の芸人揃い、ありゃえさっさぁ。