シリーズ『日はまた昇る』 | 日本合板商業組合【日合商関西支部報】

業界

2021年10月8日

業界シリーズ『日はまた昇る』

シリーズ『日はまた昇る』

小林町の巻=昭和22年4月=

〇大正区小林町材木橋の北詰大正郵便局の焼跡を西へ入り真桜橋から先が元の小林銀座と云われた通り
〇真桜橋西詰北側の元の場所に山長商店は復興した。支店長は石上吉隆氏。石上氏が土佐へ行ったら土佐の材木が2、3割上がると言われるほど肝の虫が強い男
〇その向かいは田垣内繁氏の山三製材所、たアさん此の頃仕事が多く製材なんかちょろこいことには余り力を入れない
〇服部製材所は猪三郎氏足を痛めて以来令息義行君が所主
〇その北側は高知木材㈱が出張所を新設して小林村お馴染みの岡弁三郎氏が元の古巣へ錦を着て白馬銀鞍を進めるという
〇南側には湯浅木材工業㈱が復興目下新築中。落成の暁には袖山政則氏が大正橋から
〇山内製材所を隔てて西隣には玉城製材所主玉城彌助氏
〇けやき橋筋を北に入って元の三井物産の建物は木下五郎商店の本陣にて、五郎丸は目下杉桧素材の小売りを始めるという。長堀と東堀へ売場を設け清水出歯之守が一枚加入
〇そのお向かいは喜志義彦さんが杉や雑木で儲けている
〇けやき橋を西に行けば大阪筏㈱の西川幸吉氏元の場所
〇三栄商店は谷口藤吉氏
〇棚原製材所主は南方帰りの棚原正市氏で手堅い人物。ここから先は桂橋が焼け落ちて通れない
〇材木橋南詰を西に入れば土木建築海陸運搬請負業の木村組、親分しこたま持っている
〇西に入った南側には谷田九朗、池内佳七両兄弟の店あり、尾に熊出の佛さん
〇北側には台湾から三十五年目に引き上げてきた濱崎康氏の三紀木材商会、弟の脇地朴介氏は徳島工業の重役で大した者
〇隣は大阪筏会社
〇その南隣は合名会社松原商店、主人は松原和三郎氏、米材の花形で人間は紳士です
〇楢橋を渡ってかかりの新館は辻二商店ガラスがなくて障子にセロハンを貼ってある。店主辻芳造氏は大阪材界第一の侠骨でとに角エライ男じゃ
〇浅川産業製材部というのが戦後乗り込んできて大きなことをやっている、北海運の熊らしい
〇浅川の北側は元富井邸跡、大阪復興用材の出張所で社長富井進一氏は建築ごりで今度も高級住宅建築中
〇田中製材所、けやき橋の北詰には阪神木材商行の木場
〇けやき橋も小林大橋も焼け落ちて影もなし
〇丸三製材所は社長石崎清太郎氏、専務は小澤友藏氏
〇丸三の前の大きな店は山二内外木材商事部の小澤友藏商店、愛知県人で復興材屋方向き材専門の堅実な人物
〇共和林業の城月照氏は温厚
〇くるみ橋の西詰は大阪合板工業㈱が開業、社長津田良太郎、専務吉田良次、常務白倉忠明、工場長上津一雄の諸氏で道路はここで行止り

吉野石膏株式会社

〇材木橋の南詰西側は勝本勝太郎らの三和商会
〇太田欽一氏の山王木材㈱と北海木材組合が同居で盛況
〇電車道の一つ西の筋には京都の福井義造氏が新菱嘉木材商行と銘打って進出
〇その前は平井佐市氏の小割屋で小川嘉氏が協力す
〇小林町電停から西へ電車道の北側ばかり見て歩く
〇京都のたれを松尾の盛行商店出張所が新築中
〇西隣一七九番地には佐々木林産工業㈱、新興産業、西新木材工業、中山商店、丸吉の吉田商店、隅田悦雄など数々の標札かかる
〇橋を西に渡って福田正太郎商店新築中
〇島袋幸一氏の店は横が入口
〇けやき橋から新宮製材所、新城製材所
〇元の坂熊跡一帯の三千坪には天津帰りの永大産業が大阪一の合板工場を建設中、社長は華北の虎と云われた深尾茂氏、新緑五月初旬落成式
〇小林町交差点を東に入る田川茂一荘園は河作出、銘木と一般材床用材の堅実な店
〇大阪製材所は上野一郎氏の経営、戦災を免れ小林村では最古最大の製材所、神田孝夫氏の営業所もあり
〇小林木材組合の町名は千島町なり小林木材組合は流産し元の組合で運営、組合長福島達氏、理事松尾松之助、吉川秀実、保木豊次、戸田清信、樋口武右衛門の諸氏で和気あいあい
〇葬礼道の角には関西輸出包装組合あり
〇焼場の西隣に大越ベニヤ、社長は旭光出の大越光雄氏開業して1年余り、社運上昇の一途を辿る
〇田村木材の小林工場はノコの音高し主任は葉山秀雄氏
〇電車通りの洋館は横田木材社長横田益助氏は業界の怪物、参謀は万年候補の恩地忠八郎氏
〇日本ハッチボード㈱は専務に松江賛二郎氏あって光彩を放つ。松江専務曰く「同業者は私欲追及に汲々としてバラバラじゃ、現下の情勢に対応するには組合員が一致団結しなければ自滅だ。式村組長は何をしとるか、官費の宴会の酒ばかり飲んでいる場合じゃないぞ」と気焔虹のごとし
〇広里木材㈱(社長・広里房男氏)は難波新川に本社あり。ミヤコホテルを経営す。大和三本松村西谷の原始林を伐採中。別に広里林産㈱あり、名張に工場を有し、社運隆々
〇土山商店製材部は小林町四三地に新設備を誇り、千島町三八真桜橋畔の支店は百万円の豪華建築
〇荒尾製材所は生友商会の大立繁二氏と荒尾万寿雄氏の共営で製品が好評
〇清水製材は高壽昌信氏の経営
〇芳島橋元には小山藤一郎氏の芳島製材所、経営は新鋭新鞍庄七氏兄弟が復興の熱意に燃えつつ活動
〇島袋製材所は廿年末早くも営業開始、島袋幸吉氏黙々動く
〇日立造船製材部は敷地広大
〇けやき橋電車通りには團野由太郎氏の松團製材所あり
〇大建組製材所と明石製材は看板のみ
〇上野木工工業所は製材界の重鎮上野定雄氏の経営にて戦災を免れ社運隆盛夫婦円満なり
〇太洋木材工業は工場完成、福島が本社
〇北海合板製造所は大谷由彦氏の苦心の建設、近く第一合板㈱と改称し社長に大谷仲彦氏、専務に大谷由彦氏就任の模様
〇丸三製材所は笹山壮太郎氏が経営、笹山氏は畑違いの追放組で新人
〇旭光産業㈱は戦災後復興九部通り完成、大正区一の大きな事務所も竣工、御大の福林緑氏は酒も女も仕事も人の五人前、度胸あり侠気あり熱ある人

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